修学旅行の車窓から
1967年の初夏、中学生活の最大イベント、修学旅行に出発しました。当時からのくされ縁、松原遊士氏の姿も見
えます。このころ、東京の中学生の修学旅行といえば、京都・奈良がお決まりのパターン。交通手段は東海道在来
線を走る修学旅行用電車「ひので号」。新幹線はすでに開通していましたが、一般の特急ですら高嶺の花の時代、
新幹線で修学旅行なんて考えつきもしませんでした。
「ひので号」は朝8時14分品川発、京都まで約7時間半かけて走ります。時間はかかりますが、今のような密閉空
間での移動と異なり、窓を思いっきり開けて、沿線の風景にふれ、風を感じながらの旅でした。そして35年たった
今、あらためてそのときの写真を見ると、思いもかけない鉄との出会いがあったことに気付かされます。そんな写真
を少しばかりご紹介します。なお、ハーフ版オートカメラで走る車内からの撮影、アングルや画質にはご容赦を。




    「丹那トンネルでは壁から手が出て
きて引きずり込もうとするらしい」・・・
決してそんな噂話しにビビった訳で
はありませんが、トンネルを抜けるま
では、おとなしく友達に窓際の席を譲
っていました。
やがて10時5分、「ひので号」は沼津
に到着です。沼津ではC50が入れ換
え作業中です。
それを見た途端、窓際席はたちまち
私のものになりました。





   
豊橋が近づいてきました。当時豊橋鉄道ではこんな小型車が
走っていました。いったい何という型式なのでしょう。
   豊橋駅では80系が
出迎えてくれました。


     
豊橋を出発したところで飯田線
の電車と遭遇。整った編成の旧
型国電だなと思っていたら・・・
  わっわっ、なんと反対側は流電だ〜! もう車内はパニック状態・・・ 
いえ、私と松原氏だけがパニックで友人達は冷ややかでした。

お昼の弁当を食べ終わると、もうすぐ名古屋です。これは中央線用
の70系でしょうか。そして名古屋といえば・・・

再び車内をパニックが襲います。いえ、今回も私と松原氏だけですが・・・
名鉄の線路が並行しだします。あこがれのパノラマカーや本で見ていただけの車両が
次々に現れました。

    
型式がよくわかりませんが、これは3800系でしょうか。   中日球場前に停車中の5200系。 

    
関東者の憧れ、パノラマカー。スカーレット一色の塗装がこ
の車両には本当によく合っています。
   やがて名鉄は地下駅へ。これは昔の特急用の車両なので
しょうか。

    
名古屋を出ると再び名鉄と並走。ツートンカラーの3770系
が見えました。
  これは3850系?。 

そして列車は稲沢へ。ヤードではD51が入れ換え作業中でした。

この後は、さすがに長旅の疲れでブラックアウト状態だったのでしょうか。それともタイミング
を逸したのか、写真はほとんど撮っていないようです。
やがて「ひので号」は15時51分、京都駅に到着。考えてみれば、12両編成の列車から、
一斉に生徒が降りるのですから、京都駅はそれはもう恐ろしい光景だったに違いありません。



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