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関西私鉄の雄、近鉄。昔も今も個性的な車両で私たちを楽しませてくれます。この近鉄、1970年の大阪万博輸送を
機に大きく様変わりをしました。スナックカーの増備や旧型車の淘汰など。名車2200系も、京都・橿原線の小型車も その波にのまれてしまいました。 そんな転換期となる少し前、1968年ごろの近鉄を紹介します。 なお、このとき撮ったカラー写真は全てハーフ版。保存状態も悪く、粒子の荒れ、黄ばみ、など出ている点はご容赦を。 |
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1968年ごろ カメラ:オリンパスペンEE
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この写真を撮ったのは1968年だと思うのですが、もしかす ると67年だったかもしれません。 なぜこの写真を撮ったか ははっきり覚えていませんが、おそらく大阪からの帰途、名 古屋までをビスタカーに乗ろうとしたのだと思います。 地上駅は天井も無く、開放的な感じがします。後ろに見えて いるのは近鉄百貨店でしょうか。奈良線の特急は旧塗装で、 誇らしげに鹿のマークを掲げています。通勤型車ですが堂々、 鶴橋を出ると西大寺まで止まりませんでした。 |
デトニ族、精悍な面構えです。 |
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1968年3月 カメラ:(カラー)オリンパスペンEE (モノクロ)ペンタックスSV |
近鉄と言えばもうこれ。あまりにも有名な2代目ビスタカー。 大阪方が非貫通のA、その反対のB、両方貫通型のC、 タイプがありました。この写真はAタイプです。 |
やってきました、関西地区小学生あこがれのオール2階建て 修学旅行電車「あおぞら」号。ほかにはない逸品です。 |
この列車は、ビスタカーCタイプに新エースカーを1両増結し、 4両編成で運行されていました。 |
これは初代ビスタカー。この車のビスタドームはどこか ヨーロッパ的でした。 |
京都と伊勢を直通運転するため登場した18200系。京都・ 橿原線用に複電圧、小型ボディとなっています。 |
まだピカピカの12000系スナックカー。名阪特急の需要が落ち 込んでいたころで、ノンストップ特急が2両なんて時期でした。 |
このときの目的のひとつが名車2200系に出会うこと。何が しかの改造がされていて、オリジナルの美しい編成は見る 事はできませんでした。 |
たまたまですが、左右の写真とも後追いになってしまいました。 左側は2243、右は2241です。 |
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手前は戦後生まれの3扉車2000系。両開ドアは改造でしょ うか。奥は1300系です。 |
こんなのもやって来ました。突然現れた荷電。いかにも古強者 という感じです。 |
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