ハーフ版の中の小田急 |
中学生の頃、住んでいた家は、塀の向うが小田急の線路、そして真横は踏切という、なん とも恵まれた環境にありました。当然の如く鉄に開眼、「家族の記念写真を撮るため」とか いう理由をつけて、オリンパスペンEEという当時流行のハーフ版カメラを手に入れました。 それまで写真なんてろくすっぽ撮ったことはなく、家族にも写真の知識を持っている者など おらず、見よう見まねで覚えるしかありませんでした。そんなときの絶好の練習台が家の横 の踏切でした。そんな頃の写真をご紹介します。なにしろカメラを持ち始めたばかりで幼稚 なボケブレ写真ばかりですが、古きよき時代の小田急の車両を楽しむつもりでご覧下さい。 なお、特に記載があるもの以外は1967年世田谷代田で撮影したものです。 |
形式の数字が判読できないのであまり自信はありませんが、元セミクロスの特急車1900 形ではないかと・・・ |
小田急初の高性能車2200形。この形式にマイナーチェンジがなされ、後々バラエティー に富んだ形式が誕生したようです。 |
2200形の正面貫通型バージョン2220形。この形式から直角カルダンからWN駆動に変 わり、続いて2320形セミクロスシート車や2300形特急車が誕生しました。 |
当時の急行の主力だった、2400形HE車。編成長を従来車に合わせ、M車を長く、T車を 短くし、必要機器をM車に集中させることで粘着重量を増していたようです。 |
先日引退した2600系も当時はまだピカピカ。6連固定編成のためか、急行運用には入ら ず、各停や準急運用に就いていたと思います。 |
ちょっと見苦しい写真で失礼します。新聞輸送電車に使われていた1300形。この前年あ たりまでは一般運用にも入っていた記憶があるのですが。 |
小田急の63形、1800形。後に4000形とコンビを組んだりしましたが、バネの硬さの差で 問題を起こし、再び1800形だけで編成を組むようになりました。 1967年 登戸 |
コーナーTOP | 次のページ |